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固執する夕暮珈琲,

ヘミングウェイとロシアの詩聖・ツルゲーネフ。こんな
パパ・ヘミングウェイと,ロマネスク固執する夕暮珈琲。

第一には,漱石山人の器・物質体。第二には,太宰治の
生命エーテル。第三に,芥川氏の感情宇宙感受性。その,
第四に,自我の三島文学を置いて,第五ミカエル天使長に
ロダン=F・ラブレーの未来志向を据えてはいたものの,

固執する夕暮れ珈琲。こんな,嗅覚にまで発達するような
転生譚,それは,肉々しい存在感。ヘミングウェイ=ツルゲーネフ。
ヘミングウェイはハードボイルドと称されるも,ツルゲーネフの
気品は至ってロマネスク指向である,概してハードボイルドは
ロマネスクより遣って来て,そうして,またハードボイルドは,
ロマネスクに還ってゆく。この,ハードボイルドを通過した後の

夕暮珈琲に固執する,老人と海の感想文は何処に行ってしまったのか
あの時,読めていて良かった,くだんの夏休みは,果たして,何年の
時期にか不可思議な抒情を感じていたものだった。老人と海,なので,
最初に佳作を読んでいて良かった,言うまでもなく,ハードボイルドの
佳作を。

ヘミングウェイとロシアの詩聖・ツルゲーネフ。こんな
パパ・ヘミングウェイと,ロマネスク固執する夕暮珈琲。

どんなにか共感できる転生譚を見付けられれば楽しいか,そんな
事の執着のために,前世ゲーム=書物の渉猟を繰り返してきた。
けれども,ある肉感を伴って就いてくるこの肉感的戦利品にしては,
もう,追及しようにも,届かないリアリティで転生譚は迫ってくる。
なので,楽しみにも,彼らの書物渉猟は控えたい。何故かしら,
責め苦を負って,産まれてくる気品のあるとしたら,面白い。そんな
その程度の関心と興味。この慎ましやかな感心を以て,もうすこし,
杉の香を嗅いでいたい。夕暮珈琲。昨日の茜色は東雲色になるまで,ホントに
美しかった。眠りのまどろみの裡に見付けた東雲色。夕暮は繰り返す。
また,朝の遣って来るまで。

第一には,漱石山人の器・物質体。第二には,太宰治の
生命エーテル。第三に,芥川氏の感情宇宙感受性。その,
第四に,自我の三島文学を置いて,第五ミカエル天使長に
ロダン=F・ラブレーの未来志向を据えてはいたものの,

あの,散文詩を遺したツルゲーネフは,ロマネスコのようなギザギザの
白い狼=White Wolfであって,パパ・ヘミングウェイに達するまで,
その老獪な精神的支柱を失わなかった,もちろんプロコフィエフや,
大谷崎のような,悪魔主義を兼ね備えて発達したハードボイルド,彼の
評価は確定しても,揺らぎ続けるのはその転生譚で,それは固執する夕暮珈琲。
『何の支柱か,シチューにした鹿肉に,ブランディーを注いでね,こうして,
 サワークリームでもヨーグルトでも後で別口に頬張るのさ。品がない?
 前の転生譚では十分にこの品に,責め苦されていたからな,どうしたって,
 ロマネスクはハッチャけなきゃいけない,そうして,また戻ってゆくのさ,
 あの,ギザギザしたシチューの,ベジ主賓格に。
 もう,どうしたって,固執する夕暮珈琲に,無頓着には居られずに,また
 タイプすることに必至。ビーフカレーを晩に頂いて,生きる甲斐は,
 タイプすること。生きることにタイプすること。』
そんな,固執する夕暮珈琲。

ヘミングウェイとロシアの詩聖・ツルゲーネフ。こんな
パパ・ヘミングウェイと,ロマネスク固執する夕暮珈琲。

こちらは如何?

憑依するとゆう言葉には,入り神級と創作ウォークイン。トリップなど様々

前世ゲームとは言え,嵌入しきって書物の渉猟をすることは,最も
アクティブな瞬間で,それはインナーに居て,集中度の高まる体験。
憑依するとゆう言葉には,入り神級と創作ウォークイン。トリップなど
様々あるけれど,それは研究意欲としてそうなのであって,きっと以て
どれでも良いはずの日常と,外側の経験則のなかでは処世術としては
仲介されえない範囲の事柄ではある。なので,運筆とゆう詩性に向かって
コンスタントに埋没しきることのなかにも夕暮れ時に適うような,そんな
”前世”=書物文化のあって良いはずだ。転生とゆうことは,それほどまでに
コンセントレーションの中に含まれていて,一種の隠喩のようにそこにある。
それで,いま没我した自分は転生している,うん。それで良いじゃないのか?
例えば,自意識のうちで,第一に身体を漱石山人より,次に生命力を太宰さんに
三番目には意識的に明るさを芥川氏より頂き,個我みたいなモノは三島文学より。
僕の竜退治のミカエルは彫刻家のロダン=文学にF.ラブレー=透視にスウェーデンボリと
言った大家より受け賜って,ジヨットのイコンにおける精神性において開花する。など
ここまで自意識的に説明したところで,それらは”前世”とは関連のないことではある。
集中力に謎解きの扉を開く鍵のあることを知悉して,ようやく,眠りに就けそうである。
渾然一体となってファンタジーは,一度死に,二度目に産まれる魂に対して,何らかの
ギフトを与える。集中力によって,ソウルは再び現れた記念として,”前世”の贈り物を
授かるのだった。そうやってゆこう。黄昏に,贈り物としての言葉を貰うようにして,
やっぱり夕餉の匂いは良いモノである。そこかしこに湯気の上がって,昔はさながらの
薪のくべられた薫りなど漂っていたろう。こうやって,時代は溯られれば,魂のうちに
何らかの,記憶=ファンタジーを得ることのできるはず。

急に,突然の報せのように,白い聖母信仰のほうへ寄りかかって行きそうな気さえして。
夕餉の匂いにのせられて,それらは,ふわりふわり声明を携えて近づいてくる。夕暮れに
不可思議な想いを感じ取らせながら。この白い芳香は何処から遣って来て,今さらながら
ついにこの辺りまで,ついの最近までは,いったい何処に居られたのでしょうくらいの,
何だか不可思議にふわりふわりと感じられる香りなのであった。良い…

季節を描写するのみで良い,そんな甘露の雨粒と,上がった後の煙。

人文的な要素のないと言葉の発想も浮かんではこないもので,なおさら まだまだメモしておきたいことのありそうで,けれども,もうこんなにも 季節を描写するのみで良い,そんな甘露の雨粒と,上がった後の煙。雨煙に 合わせて,ヒーリングのアロマ・ミュージックなる分厚い音楽を掛けながら そのブランケットにくるまれて温かい心持ちをして,人文的より,また素描。 ああいう荒野にそっくり掘り込まれた教会遺跡群などは,もうイニシエートの それら現代のクラブシーンだったのだろうか?僕はその際,家で,お茶を啜る あのインナースタイルの静かなもんだったろう。なんて,基本的に動くとゆうか 家の中を満たすひとつの酵素で生きていたい。生活の匂いは,家の樹々の香り。 肉食には,昔の突っかかりを感じて,なかなか馴染めないけれど,元気は出る。 美味しさに賦活されて,文化的に色々楽しめることを良しとしては,けれども 今となっては,雨に巻かれてウッディな温もりに浸透されることの,浄福なので。

咳や熱風邪も,一度肺炎になった?と感じ始めたところで,一気にスノーマンの 夢を見て瓦解するように退けて行った。その余韻に燻製チップのような薫香の, ハートあたりに漂って,それはまた幸せな健全さの回復を予想させるので,納得。 燻製や北国のイメージは,やがてその厚くなった肺や気管の様子を想像させて, それでロマネスクなのだった。北国は,やがて魔の山も克服して,こうして篤く 人のこころを暖めてくれる。けれど,だからといって,こうゆう時に何かお肉食を 試みたくなる。本当に,篤い人生を効果的に造りだしたいのだ。むしろ,厚く強く。 豚肉の小間切れを,醤油麹とみりんで,お酒を加えながら,すこし甘味噌など足して 玉ねぎ,白ネギと共に炒めてみたのだった。奥さんは仮眠中なので,起こして頂ける ような料理だとは思えないので,ソファの近く,炊き込みご飯を解凍したのと,側で 摘んでいた。明日は英国のロイヤルウェディングだと,ニュースでしていて,思わず 感涙してしまい,僕も不可思議ながら,少しく傷付いた思春期に,感情移入しては, いかばかりか砕けた心持で経過を感じていたので,何だか,ホッとして,うるっと。

すべてお肉食で感情までも呑み込んで,取込んでしまえたらそれで良いのだけれど,
切なさや,哀しさ。鎮魂の想いまでは,そんなに簡単に解消していったり…

茫洋なる夢をみる。我慢づよい耳鳴りには諦めて遠音の汽笛。

右の首筋リンパ腺の凝りをほぐせたな,と思ってたら,最後には 左耳の詰まった感じで,水泳のあとに,あるいは山のくだりに耳を 通すような,地味な風景で,代謝系を治そうとしてる身体の,どこか, 茫洋なる夢をみる。我慢づよい耳鳴りには諦めて遠音の汽笛。とをば, 休みに雑貨店などを訪ねるように,窓を開けて完全に夏模様に換えてから 戸締りをして出発して行くのだった。夏風みたいで気持ちのいい,そして 気が付けば家を出る折,スリッパにはいつの間にか穴の開いていた,なので, 幅の広い足元を気にしながら,いつか良いスリッパにも出逢えるだろう。 なんて,靴もそんな感じでスリッパみたいに探して,そのほうがロマンチック。 水源を捜すのよりも,風の出どころ吹きはじめの場所を見つけるほうが, どっちにしても一緒なのだろうけど,神秘的で抒情の満ちた瞬間だろう。 ”前世ゲーム=書物の渉猟文化”は,エズラパウンドより,ヘミングウェイを 周回しては,またT.マンに到り,耳鳴りへと変ったのだけれども,それで, 果てしなく,ヘッセの聖母性を訪ねて行くのには,肖像を壁紙画像にして, そうしてそこにその庇護の移ってしまう変な気のして来れば,あとは鬼の影の 追ってくる,いいや,自ら嵌入してゆくその絶対父性に対して。シェイクスピア, また,パスカル。そうして,アッシジの聖フランシスコに,アウグスティヌス。 彼ら,文学性に必ず,聖母のまつわる必須事項のロマネスクな文学には,ただ。 その上で,杉の樹を通り抜けて届く夏風を,受けてはアクアの要素を差し込んで, 泡の耀き”ガラス玉演戯”,また,アッシジに”太陽の歌”を口ずさむ,”Moanin'”には アートブレイキーの呟き。あとはパンセに神の国を著した告白の主人は載っては いまいか?勉強しようこんなロマネスクなのには,意味の上でフェミニズムは加わる, 今度出逢った時は文学性を,夏風のごとく吹かせ始めてさしあげますので,と, をば。
豆腐も傷んでるモノを頂くとゆうのは落語みたいなことになる,なんて。いわば,
賞味期限のうちでも,新鮮な,とゆうか,美味しいうちに頂く所存で,夜食に,と。
あまり気付かなかったのだけれど,夜中の冷蔵庫を物色すると,中には外れの豆腐,
らしき変な味のするのもあるのだな,と分別しながら,食べきってしまいたい,とゆう
体で一丁まるごと贅沢なひ…