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とにかくもパンダの真似をして遣りすごす,カレー屋さんでの一時。

白黒の隈を着けて,いつもよりも浅煎りの珈琲豆を一杯のお代わりを 受けて,淹れなおす。家の台所は,さながらカレー屋さん気取りの, とにかくもパンダの真似をして遣りすごす,カレー屋さんでの一時。 とにかくもゴッコ気取りで楽しみながら遣りすごす,台所での一時。 ダサいと言っては,何だけれど,バランスの好いのはそうゆうことだ。 そうして,そうゆうダサさをこそ,落ち着いているとして好む,そんな 白と黒を半分ずつ割って入れるようにして,豆乳オーレにして頂く珈琲は, 真皮に黒を抱きながら,表面きっての自分自身は,笑顔で白を通す,その 面白さは微笑みより訪れるので,にっこり気持ちは構えて,ダサさを通す。 それでしか淹れられない,なかなか浅煎りは,カフェオーレでしか入らない。
追及しては,戻ってくるのは番犬や番猫で,何だよとゆうばかり,番猫なら 招き猫みたいにスレンダーな物腰で,いいやスレンダーではないか,でも。 多分,何にもいないのだから,彼らにとって,虫の知らせは,いわゆる枯れ尾花 であって,そのざわめきや囁きのようにして聴こえる,彼らにとっては雑貨店。 トフィーのような濃厚な滑り出しで,カフェオレに合わせながら眺める,こんな 洋菓子店をめぐるように猫などの物腰の豊かさを側に置いて,ぼくは先日のあの ロイヤルウェディングの様子を想いだす。白馬のリードしている子の,ちょっと 荒れているのには,繁華街に急に放り込まれた武士のようなイメージで,そりゃあ 興奮し,混乱もなさるでしょう?とは,そればかり心配してはいなくても,やっぱり パレードの壮大さは計り知れない。ダイナミックであり,本当に生命力学的にもっとも ハラハラもし,手に汗握る。この悠長にはPCの前に座りながら,安堵して,折り畳む。

基本的にはまた紅茶とキャラメルを合わせる感じで良いと思うのだった。ちょっとした
あの渋味と,焦げているような甘味のあいだで,切なさと勇気を半分ずつにおおげさに
振る舞っている。週末を終えて,家族サービスとゆう毎度のほどでもないのだけれど,
毎日に平日のスタートを切る僕にとっては火曜日。風邪を引いてると体力よりも果敢に
すすめないのでこうゆう話題になっているけれど,それも治った後の話として,本当に
スタートを切られることに,爽やかな活発さをさえ抱いている,早速まだ沸かしたてで
すこし温湯のお茶を頂い…
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季節を描写するのみで良い,そんな甘露の雨粒と,上がった後の煙。

人文的な要素のないと言葉の発想も浮かんではこないもので,なおさら まだまだメモしておきたいことのありそうで,けれども,もうこんなにも 季節を描写するのみで良い,そんな甘露の雨粒と,上がった後の煙。雨煙に 合わせて,ヒーリングのアロマ・ミュージックなる分厚い音楽を掛けながら そのブランケットにくるまれて温かい心持ちをして,人文的より,また素描。 ああいう荒野にそっくり掘り込まれた教会遺跡群などは,もうイニシエートの それら現代のクラブシーンだったのだろうか?僕はその際,家で,お茶を啜る あのインナースタイルの静かなもんだったろう。なんて,基本的に動くとゆうか 家の中を満たすひとつの酵素で生きていたい。生活の匂いは,家の樹々の香り。 肉食には,昔の突っかかりを感じて,なかなか馴染めないけれど,元気は出る。 美味しさに賦活されて,文化的に色々楽しめることを良しとしては,けれども 今となっては,雨に巻かれてウッディな温もりに浸透されることの,浄福なので。

咳や熱風邪も,一度肺炎になった?と感じ始めたところで,一気にスノーマンの 夢を見て瓦解するように退けて行った。その余韻に燻製チップのような薫香の, ハートあたりに漂って,それはまた幸せな健全さの回復を予想させるので,納得。 燻製や北国のイメージは,やがてその厚くなった肺や気管の様子を想像させて, それでロマネスクなのだった。北国は,やがて魔の山も克服して,こうして篤く 人のこころを暖めてくれる。けれど,だからといって,こうゆう時に何かお肉食を 試みたくなる。本当に,篤い人生を効果的に造りだしたいのだ。むしろ,厚く強く。 豚肉の小間切れを,醤油麹とみりんで,お酒を加えながら,すこし甘味噌など足して 玉ねぎ,白ネギと共に炒めてみたのだった。奥さんは仮眠中なので,起こして頂ける ような料理だとは思えないので,ソファの近く,炊き込みご飯を解凍したのと,側で 摘んでいた。明日は英国のロイヤルウェディングだと,ニュースでしていて,思わず 感涙してしまい,僕も不可思議ながら,少しく傷付いた思春期に,感情移入しては, いかばかりか砕けた心持で経過を感じていたので,何だか,ホッとして,うるっと。

すべてお肉食で感情までも呑み込んで,取込んでしまえたらそれで良いのだけれど,
切なさや,哀しさ。鎮魂の想いまでは,そんなに簡単に解消していったり…

万物爾来の,そんな時代に鉱物性の時代。その由来は初夏より

万物爾来の,慣性的に浸透する感性のあるとしたら,それは 業の泉そのまま,渦巻の底辺にあって,上面は乾いたお皿の そうして中間位に湧水のこんこんと現れているだろう,とは こうしてタイピングすることの平和は訪れて,ようやく気持ちは 情念のコントロールより塞ぎそうなこのココロを吹きほどいては くれそうな。真実は,この吹きほどく風と,渦巻く業の泉に巧妙に 隠されてはいるだろう。そこより頑強なひとつの岩を手に触れて, 風邪の悪化する夜中には涼しい部屋に独り逃げ込んで,タップする マグロのつみれをあれを何と言ったのか,そんなネギトロみたいな 軍艦巻きを食べたいのだ,こうして三段払いのように,モーツァルトも 41番の”ジュピター”など聴いてみると,調和はしているが,実に旨く, あまり脂味を隠さず調子を崩さずに酢で締めているような当にネギトロ。 斑の入っている。と植物園では苗の紹介に描いてあって,あれは”ふ”と 呼ぶのだとゆうことは,翌日実母より聴いた。僕は,声を大にして, 『まだら』と言い続けていたけれど,そんなことは解りっこない。けれど 表現の上では植物園でルビを入れることはないだろうし,僕も楽しめた。 ”ふ”と読むのかあ。だけで,”ジュピター”も脂の載ったように感じるのか。 と,そんな余韻で跡を曳く。では,真実とは一体?R.シュタイナーも エーテルの領域は二重の壁に阻まれているなど,確かに語り遺してはいる, エーテルとは生命力の元に,植物性と粘液的なイメージを混ぜ合わせた樹液の 海に沈んだ領域のようではある。ここに情念コントロールの鍵穴はあって, ファンタジーも真実に親付けないのは,この樹液の概念に阻まれるからだろう。 万物爾来の,そんな時代に鉱物性の時代。その由来は初夏より発生して,この 噴火の石灰質を吸い込んでいるごとき夏風邪にあって,いつにもまして妄想を つらつら喋りこんでしまう連続性に思考は働いて,確かに優しさは解体するうち, そのあいだに,何かに気付いては,真実によって見開かれてゆく。これは,多分 妄想性の嗜好より,きっと解除作用の思考である連続性の鉱物分解による思索。 きっとこの辺りで目を開いて,きちんとした形で語り始めたほうが良い,とゆう。
鉱物性の思考とは何だろうか?鉱物的に身体を指向させる,そのベクトルを見極める。 この,植物領域のファンタジーとロゴスを支…

産褥の危機感と、エロスとタナトスには、柔和なハーモニー。

初夏のあたり,六月くらいの冷房には,何だかセレブ感を感じる。 感じるだけで良くて,そうある必要のないところが,奥ゆかしい。 何かに打ちのめされるほど感情を揺さぶられ,それら嬉しいのと, その裏側に,攻撃性を伴うクリエイティブな心象の残される,この 少年のスピリチュアリティと呼ばれるモノのなかに,現在の初夏と 似た,何者かに代えがたくある,セレブ感の理由みたいなのを探る。 攻撃的でもあり、俗悪的ではあるけれども、よく言えばエネルギッシュで 奇跡的な行動もみせる、彼の男性性とゆうものと、少年に対して、あの 自然体で受容するのに長けているのは,攻撃的にあらず,ハーモニーな 彼女の女性性であって,あくまで人間性には両者の煩雑に組入られてる。 犯罪に対しても宥和的で,感情移入することによってしか,理解するのを 容赦しないそういった存在理解においては多分しっかりと,その点での, 都市圏の発展は垣間みられる論拠のあることだろう。女性性と,また他方の 文明は各時点で確実に前者をこそ優先してきたのであって,いいや,風邪を 引いてるためにそんな風潮を感じ始めるのかもしれないけれども,そうゆう 攻撃性には,あえて,涼風は毛虫の食んだ緑葉の死霊の起こした涼しさである と言った,論調を難しくも吹かせてゆきたい,犠牲とはかくゆう姿であるか?
産褥の危機感と、その柔和なハーモニーを思う時には、何も知らずに 男性的な直線的でストレートな、エロスとタナトスなどは、却って、 犠牲を体現しようとして、咳込み、清水を口にして孤独を表現する、 そうだな、感情的に、ハートで感受することの、どれほど大変で大事か? 都市圏は敢えて、それで保全されているのか、とゆうカフェオレの味わい それでいて、お腹で感じてしまう故のエンパス指向などは、既視感として 季節を感じ取ったり、オーガニックな近代的な有機運動には向いているが、 しかし、この下町感には向いていない。コミュニケーションは、ハートで 感受するので、きっと、そうゆう会話のほうが、カフェオレを共にするには 向いてる気のする、あまり考えすぎたのだ。宥和的なのは、きっとそれは、 一度忘れて、おいしい苺バニラパフェなどを、喉元あたりで呑みこんで、 一気に味わいきることなのだ。ミルクバランスだ。乳牛のあの、枯草より 酵素質の母乳を生成される、あの絶対母性とゆうのに、嵌入してしまうのだ。 なので、田舎のパスチャライズのミルクなどを、…